金曜日の憂鬱



 「ねぇ…マスター…聞いてます?」

カウンターを挟んで向こう側、若い客がスーツが皺になるのも

構わずクダを巻いている。

既に彼はかなりの勢いで杯を空けており、そろそろ止めなくてはと

マスターこと惇は思っていた。

「あの人はねぇ…結婚なんてしちゃいけないんですよ…。

俺と、もっと、遊んで…仕事して…色々しなくちゃいけないんだ。」

若い客はどん、とカウンターを叩きグラスの中の熔けそうな氷を

じっと見ている。

その姿に、ほんの30分程前の情景が惇の頭を過ぎった。


 「早く行けば良いでしょう。彼女待ってますよ。」

若い男が隣の男に言っている。

「まぁな、でもお前はどうすんだよ?

まだまだ俺達の夜は長いじゃないか。」

早く行けと言われた方の男は少し困った様な表情で

若い男を見る。

二人はこのWAYでは顔馴染みと言った程度の客だった。

彼らは、この落ち着いた店で仕事の成功を祝ったり、

週末を沢山居る恋人未満の女性達の中から誰と過ごすかを相談していた。

「俺は適当に女を呼びますから先輩は

とっとと彼女の所へ行って下さい。

金曜日の夜に野郎二人で過ごすってのがそもそも

間違いだったんですよ。潤いってもんが無い。」

言葉とは裏腹に、若い男はそっぽを向いている。

本当は、行って欲しくないのだろう。

「彼女彼女ってなぁ、あいつは…」

「特別な人なんでしょう?俺も、先輩も”特別”なんて

作らないって方針で楽しんでたのに。…興ざめですよ。」

先輩と呼ばれた男は、じっと若い男を見ていたが、

「御崎…俺行くわ。またメールするからな。」

とグラスを空けて自分の分の勘定をカウンターに置くと、

店を出て行く。

…それから、御崎と呼ばれた男は現在に至るまで一人で

グラスを水を飲むかのように空け続けていた。


 「結婚なんて…恋なんて…馬鹿みたいだ。

遊んで…仕事して…楽しんでるのが…一番良いのに…。」

惇は、見るとも無く少し離れた場所で他の客の相手をしている

淵に視線をやる。

淵は、客の話に相槌を打ちながらも心配そうにちらちらと惇を見ていた。

心配ない、と意図を視線に乗せて惇は送ると、

また御崎と呼ばれていた若い客を見る。

「マスター…おかわり。」

グラスを自分に向ける客に、

「もうそれ位にしておけ、ブラコンは嫌われるぞ。」

と忠告した。

「ブラコン…?そんなん…じゃ無…いよ。

あの人は…先輩は…俺に…仕事も、遊びも…全部

教えてくれ…て…本気になるなって…教えて…くれた…の…に。」

呂律の回らぬ口調で、少し的のずれた答えを客は返す。

「おい、タクシー呼ぶか?」

その声に、惇が横を見ると何時のまにか淵が立っている。

「ああ…呼んでくれ。もう…俺…頭の中…ぐちゃぐちゃだよ。」

カウンターに突っ伏す御崎の眦から、薄い涙が流れていった。


 カラン、と音をさせ扉が閉まる。

最後の客を送り出して、惇と淵は店の片付けに入っていた。

グラスを拭きながら、不意に淵が惇に言う。

「なぁ…惇兄、あいつ…先輩って奴が好きだったのかなぁ。」

皿を棚にしまいながら、惇は

「さぁな…。どっちにしろ、まだまだあの客は若い。

今まで、頼ってたものを無くして戸惑ってるというところだろう。」

と答える。

「んー…ま、よくわかんないけど…あいつもいい恋が出来るといいよな。」

「そうだな。それが一番良いだろう。」


 数週間後…金曜の夜。

「俺は、夕食の招待も、あんた達の子供抱くのも御免ですからね!」

「そういうなよ。これは結婚式の招待状だぞ?特別な式にするんだから、

お前も必ず出席な!」

若い客…御崎と、先輩とやらが揉めている。

それを、少しだけ自分と義兄に重ねながら淵は退屈そうに

煙草を燻らせ二人を眺める惇を見た。

(俺の気持ち…少しは解って…ないよな、惇兄は。)

「淵、二人を少し黙らせろ。」

小さな声で惇が言う。…視線は二人に向けたまま。

「二人とも、揉め事は外で頼むぜ。」

そう声をかけると、少しだけ二人は大人しくなり、

また静かな喧騒に店は包まれる。

ゆるやかに時間は流れ、先輩と呼ばれる男はまた店を一人で出て行き、

若い客も、誰かにメールをして出て行く。

「また…来ればいい。」

扉の向こうに消える背中を、マスターの微かな気だるさを含んだ声が追っていった。


【終】



     後書


 えと、もうどうすれば良いのかよく解らないのですが、

WAYを舞台にしたお話を書いてみたいなぁと思って書いてみましたです。

若い男と先輩の話は、浜田省吾の歌が元ネタです。(汗)

拙い文章ですが、お楽しみ戴ければ幸いです。

チャルさん、色々な意味ですいませんー!!

読んで下さって有難う御座いました〜!





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ど し 様 より SSを賜りました〜!!

醸し出される色香。切なさ。全てを胸一杯に"すぅ―――ッ"っと吸い込んで。。。

…いいっ! ←またもボケブラリーの無さを露呈してますが…ヾ(´▽`;)ゝ


「理想とする人」…その"実像"をカタチづける事。女性よりも男性の方が断然強い気がします。
「理想」と言う"実像"が「現実」と言う"虚像"になった気がしたんでしょうね。きっと。

でもね?彼。いい恋できると思う。 惇や淵が言ってるように。



…と思いっきりただ「1ファン」としてSS拝読致しました(笑)

どしさん。素敵な作品を本当にありがとうございました!!(*^-^*)


こちらの背景は「Kigen」様よりお借りし加工・使用させて戴きました。