― 無 題 ―
ゆっくりとした足取りで優雅に一人の女性が『bar WAY』と書かれた扉を開けた。
落ちついたBGMが心地良い。
客はまばらでカウンター席には誰もいない。
女性の名は甄姫と言った。
「いらっしゃい」
無口なマスターではなく隣りでコップを磨いていた淵が声を掛けた。
しかし、甄姫の返事はない。つかつかとカウンターまでやってくるとマスター、惇と淵の前の椅子に腰掛けた。
淵は惇の表情を伺っていたが惇が肩を竦める仕種をしたので満足げに手にしたコップを惇に手渡して席を離れた。
「どうした?」
客のことに首を突っ込むことはタブーだが見知った客となれば違う。
なにより、目前の女性は聞いて欲しい、そんな表情で惇を見つめたのだ。
浮かない表情で見つめられてはこちらが困る。
「違うのか?」
何時も彼女が頼む紫色が鮮やかなカクテルを出すと甄姫はそれを一口、口に含んだ。
どこか昨日、ここにやって来たときのような元気がないような気がする。
「言いたいくないのなら無理に言わなくていい」
ふと口元に笑みを浮かべて甄姫はようやく口を開いた。
「今日のお酒は甘いわ」
「ふむ」
カクテルグラスを通して見つめる惇の姿は紫色に染まっていた。
「いつものこと。ここにくれば何もかも忘れさせてくれるわね」
それ以上は何も言わなかった。惇も何も聞かない。
「カクテルの代に1曲、歌っていかないか?」
「そうね」
一気にグラスを飲み干すと甄姫は立ちあがった。
惇は淵に目配せすると彼は頷いて彼女のために準備を始めた。
ピアノの置かれた場所にスポットライトが照らされる。マイクが用意されてた。
甄姫の姿が現れるとどっと歓声があがった。
流れていたBGMが止まり当たりが静まり返る。
・
・
しばしの彼女の美声に客たちは酔いしれる。
歌い終わると盛大な拍手が辺りを包み込んだ。
「見事だな」
「ああ」
カウンターの後ろで淵は相変わらずコップを磨いていた。マスターである惇は酒の入ったグラスを手に持ち一口、口をつけた。
アンコールの鳴り止まない客席を通り過ぎて甄姫はカウンター席に座った。
「息抜きになりました?」
「ありがとう」
淵の言葉に素直に言葉が出た。
すると、無言で惇は甄姫の前に何時もとは違うカクテルを置いた。
赤・青のグラデーションが綺麗だった。2色が交わるところが美しい紫色を描いている。
「ふふ。ありがとう」
惇にそう笑い掛けカクテルを一気に飲み干すと甄姫は立ち上がった。
「また来るわ。ごちそうさま」
「ああ」
入ってきた時とは違った晴れ晴れとした表情で甄姫は店を後にした。
・
・
いろんな客が来る。
それはバーにとって当たり前の光景なのだ。
・
了
☆☆☆☆☆
文才なくて申し訳ないです。タイトルもなかなか良いのが見つかりませんでした。そのため『無題』(汗)。
何か良いのがあったらつけてやって下さい。(そのままでも良いですが^^;)
ああ、甄姫はプロの女優さんか歌手ということで^^;
ではではこの辺で。
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『 幻 想 遊 戯 』 の藤井桜様よりステキな作品を頂戴致しました〜!!(〃ω〃)
…ほう。正にカクテルを飲んだような…そんな緩やかな酔いを纏ったような気分にしてくれます。
物凄―――くオトナな時間が流れてますね〜。
あ。題名は敢えて「無題」のままで。読み手の方にお任せして(含笑)
マスターの差し出したカクテル。
赤・青のグラデーション。2色が交わり紫に。
ステアするでもシェイクするでもなく「均衡」を保ちつつ「交差」したい。…そんな気持ちの時もありますよね?
ふふふ…そんな気持ちをちゃんと読みとってくれる人達・空間。――いいなぁ(〃▽〃)
甄姫姐さん…何の曲歌ったんでしょうね?
私的…"Calling You"が聞きたいな。
♪ 聞こえる?
あなたを呼ぶ わたしの声が
聞こえるでしょ?
Calling You/Jevetta Steele('87)