繁華街。大きな通りを挟んでその向こう。

マンションの地下、階段を降りていったその先に一枚のドアがある。
「WAY」と書かれてある。それがこの店の名前だった。
その下には”CLOSED”の札がかけられていた。随分と早い店じまいである。


が。

分厚いドアの向こう、店の中の明かりは実はまだ煌煌とついていた。
中にいるのは店のマスターと従業員の男が一人。それと常連客の女が一人。
貸し切りで営業というよりは、気心知れた友人の集まりのようにも見える。




「…ったく。オイ淵、何とかしてくれ、この酔っぱらい!」

惇が奥にいる淵の方を向き、自分に絡みついているを指差す。
絡みついている、というよりは、首を締めているというかヘッドロックしているというか。
先程までは静かにしていたのだが店が閉店してからのは何を思ったのか、いつもの倍以上のペースで酒をあおりだしたのだった。
おかげですっかり酔いが回ってしまったらしい。それを止めにの横に来た惇を、が捕まえているのだ。

なッ、酔っぱらいですってぇぇえ〜〜〜〜〜〜〜!??ちっっがうわよ、あたし酔ってなんかないわようぅ!」

半ばろれつの回らない舌でが返しムッとした。
酔っぱらいという人間に対して「お前酔ってるぞ」などと言ったところで、それを素直に認めるような酔っぱらいはおそらくいないだろう。

つまるところ、当然も。

「うるさ〜〜い!むかつくぅぅぅ!!!」

見事に逆ギレである。
ぐいぐいと惇のシャツの襟を乱暴に引っ張り、力まかせにゆさゆさと揺する。といっても、女の細腕が出せる力など知れている。
惇の方もそれを承知してか、渋面ではあったもののの好きにさせている。

「淵ちゃん!バーボン頂戴」

惇を掴み顔をしかめキッとした視線はそのままに、淵の方を向き言い放つ。


「え…あ〜と、こりゃ空だな…ちゃん、飲みすぎ。もう品切れ続出だよ〜〜」

「ウソ!?私そんな飲んでないわよ!!あの片目が隠れて飲んだんでしょ!!」

「うるせーーーーーー!俺はともかくお前は絶対飲み過ぎだッッ!!てめーが酔いちくれるまで一体何本空になったと思ってんだ!!!」

惇が飲んでいるのを指摘され、の台詞が図星だったのかばつの悪そうな顔をしたがあくまで自分のせいではないと主張したいらしい。
惇まで逆ギレである。

「まぁまぁまぁ!あー…まだ時間あるし、ちょっとくらいなら俺、買い出し行くから。だからココで乱闘はナシ。な?な?」

慌てて淵が止めに入りなだめる。

「けど俺っちが出てる間に二人とも喧嘩して店壊されたらたまんねえしなぁ…あ。そうだ!」

淵の顔がいつにもましてぱっと明るく輝いた。鼻歌まじりになにやらごそごそとカウンターの奥で何かを探し始める。
まるで宝捜しでも始めたかのような淵の様子ににらみ合っていた二人は口論を止め不思議そうに顔を見合わせる。
淵に目をやると彼はニカッと笑ってテーブルの上に何かを置いた。


「じゃーん♪」


見ればそれは硝子の、小ぶりなグラスだった。

「?何、これ??グラス…みたいだけど」

「ン。これな、キャンドルスタンド。でさ、コイツに…」

グラスに触れようとするを軽く制しながら、一緒に出したやはり小さなろうそくをグラスの中に置き、そっと火をともす。

同じような要領で淵はいくつかのグラスの中に同じように火をともしていった。
温かい光が一つ、またもう一つと増え、硝子のかけらを集めたようにして作ったもう一つのグラスからはステンドグラスのような光が洩れた。

「わ…きれい」

「これでも眺めてたら、喧嘩もしなくてすむんじゃねぇかと思ってさ!」

「喧嘩はともかく…素敵なこと考えるじゃない」

「へへ。キャンドルナイトってのも悪くねえと思ってな。…じゃ、俺っちちょっくら買い出し行ってくっから」

「な。あ!お、おい淵!」

惇が席を立とうとするより早く、淵はさらりとカウンターから出て出口のドアへと手をかける。
ついでに入り口についていた照明のスイッチがパチンと落とされ、突如視界に広がった黒…
…夜の闇とテーブルの上にちょこんと置かれた数個の小さな光たちがゆらりと揺れ姿を現す。
同時にドアが閉まる音がし、カンカンカン、と金属板の階段を昇っていく足音が、次第に遠ざかっていくのが分かった。

一つの曲を終え、沈黙をかき消すように使い古された次の音楽が部屋の中でまどろみ漂うように流れ始める。


「…あいつめ…」

ドアに目をやっていた惇が小さな声でいまいましそうに呟く。
それから惇はふうと溜め息をつくと静かに再びの隣に座った。

少し間を置いたあと、も惇も、戸惑ったような、困ったような顔をしてちらりと互いを見、それから近くからめいめいの頬を照らすテーブルの上の光たちに視線を移した。


「……きれいね……」


が爪の先でグラスを軽くつつく。
小さな小さな光の芯は水晶の中で花開いたかのように淡い光という花弁を広げ、硝子ごしにかすかな熱を辺りの空気に含ませながら時折チリリと音を立てた。


「ああ…そうだな」

「…ねぇ」

「何だ」

「さっきね。……服引っ張ったりして私……」

「いい。慣れてる。………乱暴な客にはな」

「もうッ!…根に持たないでよ」

惇の方を向き、ふとボタンが外れたままになっているのにが気づいた。

「…ぁ…ボタン、とめなきゃ」

白い手が静かに伸び、くしゃりとなったシャツに触れる。
たどたどしい手つきでボタンを探しようやくボタンとボタンホールとを近づける。 はかなリ酔っているらしくなかなかうまくとめることができないでいる。
惇は、心の内で苦笑しつつ、しかし何も言わずに間近のを見守った。

「……よくできました」

「もう、すぐ人を子供みたいに…」

の頭を軽くぽんぽん、とやる。

から少し離れると惇は手近にあった残りの酒瓶を眺め、何か考えるような顔をしてゆるゆるとカウンターの下へしゃがむ。

「たしかこの辺に…」

カウンターの下から酒瓶を掴んだ惇の手がにゅっと出、テーブルの上にそれをごとりと置く。惇がいつも愛して止まない酒だった。
三度の横に戻ってきた惇が、無造作に氷を入れ、グラスを差し出した。

「俺の奢りだ」

「…呆れた。やっぱり自分のがあるじゃない」

「淵には内緒だ」

惇がこつんと額をつけてきた。

「お前には…たまには分けてやってもいい…」

あまりはっきりとは表情がうかがえなかったが少し照れたような惇の声色にが吹き出した。

「何だ!笑うな」

「ごめん…淵ちゃんには言わないから…」

「…ならいい」

の鼻先にそっと唇が触れた。
目を閉じる頃には、酔いはどこかへと消え失せ、代わりにの傍を離れぬ熱が真綿のように優しく身を包んだ。

いつしか音楽は途切れ、静かな闇と光の点だけがただただ二人を見守った。










このお話、一応とあるカクテルをモチーフにしてます(…って、ファイル名を見れば一目瞭然かもしれませんが…)。
分かる方いらっしゃいましたら、お店などで頼んでみてくださいね、赤い色が素敵な色合いなんです。
ホントは惇なので青色のカクテルにしたかったんですが知ってるものでお話にできそうなものが思いつかなかったのであえなく(涙)。
でも、個人的には好きな部類のカクテルです。是非♪

お酒をたしなむ方もそうでない方も、雰囲気を味わっていただければこれ幸いです。


2004,May.4   モユ拝




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♪ ずっと kissin' in the dark 髪に触れてくれ...
  もっと kissin' thru the night ...kissin' your life


…って
ぅわわわわわわわわっっっ!!!
ちょっと奥さん!どうしましょ?(何?)

『空中洋裁店・紬や』 のモユ様よりこんなにステキな作品を戴いてしまいました─────ッ!!q(≧へ≦*)(*≧▽≦)p
しかもこの作品は「ここだけ」でしか読めないものなのですよ!? 嬉しさで悶えまくり!



この緩やかに流れる空気感 …アナタの心にも"ポッ"っとキャンドルの明かりが灯ったのでは?



…されるがままの惇兄。
…ふふ…ふふふはははははは!むふ───んvv(壊)

淵ちゃーんo(≧ω≦)o なんてタイミング読むのが上手なの? ──それって一番重要だと思う。
ホントはね?「奥」行けばバーボンも否ワインでもシャンパンでもあるんだけど。敢えて買出しに行ったんだよね?(含笑)
灯り燈してくれるひと。ん。


そして...二人の距離は…カウンター越しじゃなく、隣同士。だよね?ふふ。。。

                                                            kiss in the dark /kaido('97)