夜空の紺を写したような色の車は、左側にぶつけたような痕跡があった。その傷に、とても見覚えがあった。
持ち主に、あまりにも似すぎているからだ。は、この傷を知っていた。

車は静かにの所までやってくると音もなく止まった。

窓が開き、運転席にいた長髪の男がを見た。惇だった。車と同じく左目に傷を負っている…が今日は布で傷を覆っている。

「…早く乗れ」

「不審者に間違われるわよ、それ」

結論から始まるぶっきらぼうな物言いにが吹き出した。

「…ね、このカード、惇なの?」

「…ああ」

持っていたカードを惇に見せると、惇が短く答えた。

「私、いたずらか何かかと思って帰ろうかと思ってたとこなんだけど。大体いきなり後ろからクラクション鳴らすし」

「…悪かったな」

「悪いわよ。待たせるし」

がふくれて返すと、惇は少し困ったように髪をかきあげた。厚いドアを開けて車を降り、の前に立つ。

そのまま惇は何も言わずにを抱き上げた。


「え!?あ、ちょ、ちょっと!!」

惇は何も答えず、さっさと助手席のドアを開けてをシートに下ろす。

「もう!!誘拐犯に間違われたらどうするのよ!!」

「……人はおらんだろうが」

「そういう問題じゃな…!」

言いかけて唇を塞がれる。

「……惇」

「寒い中待たせて…悪かった」

息がかかる距離で聞こえた声は、優しい声色になっていた。大きな手が、静かにの髪を撫でた。

「……会いたかった」

「惇…」

久々に近くで惇の顔に触れたとは思った。この間店で会ったばかりなのに、惇の長い髪は何故かとても…懐かしい香りがした。

体をゆっくりと離し、惇はドアを閉めた。運転席に戻ってくるとギアを入れ替え、オーディオには適当にCDを放り込む。



「にしても、どうして手紙なんか?別にメールでもよかったのに」

動き出した車の外に見える、朝の町並みに目をやりながらが訊いた。

「…」

「何よ。黙ってないでなんか言いなさいよ」

がつつくと惇が渋面で答えた。

「……アドレス知らん」

思いがけない単純な答えにが爆笑した。

「馬鹿ねー。訊けばいいじゃない!」

「るせぇ…。訊けるか…今更」

「…まあね、言われてみればこっちも電話するわけでもないし」

「いつも店で会ってたからな」

運転しながら惇がうなずく。

「聞く必要がなかったのよね。だって会いたいと思ったらWAYに行って…もうそこで完結しちゃうし、不思議と」

「だな」

「ねえ…こうして昼間、一緒にどこかに行くのって、実は初めてじゃない?」

「ああ…そうだな」

「どこか、連れてってくれるんでしょ?」

「…行き先教えたらつまらんだろ」

惇が、アクセルを踏んだ。少し速度を上げて車は滑るように走っていく。




車はいつしか街を離れ、海沿いを行く一すじの道の上を走り続けていた。
は少し座席を倒して顔を横に向けた。こうすると視界いっぱいに水平線が迫ってくる。

空と海。二つの青のグラデーションが続く景色。

冬の海と、柔らかい光を投げかけてくる薄い水色の空。

あの青にもっと触れたい気がして、は窓を全開にした。
吹きつける海風は冷たいはずなのに、何故かとても心地良かった。


「……風邪引くぞ」

惇が穏やかに忠告したが、は窓を閉める気にはなれなかった。




ああ、潮の香りがする。




この風は空と海とに洗われて、清々しさをその身に纏うのだろう。

瞳を閉じても、海が側に在るのが分かる。この香りと一緒に、瞼の裏に青という青の景色が焼きついたから。











「…?」

差し込んでくる日の光に、はうっすらと目を開けた。
いつの間にか、風の音がやんでいた。車のエンジン音も。

外に見えるのはやはり海だったが、車は岬の、眺めの良い場所に止められているらしかった。

夏場に比べれば少ないものの、この景色を見ながら休憩している人の姿が向こうに見える。

あれから結構走ったのだろうか。先程見た海辺の景色とは少し違って見える。
は、知らぬ間に居眠りをしてしまったようだった。

自分の体には毛布がかけられている。惇がかけたのだろう。

(…惇は?)


車内に惇の姿がないのでは急に心細くなってしまった。
煙草でも買いに行ったのだろうか。

しばらく待ってはみたが、戻って来る気配はなかった。かといって、自分が探しに出ると入れ違いになりそうな気がしたので、はそのまま待つしかなかった。

人を待つときはどうも気持ちがもやもやとしてしまう。
困った面持ちで毛布に半分顔をうずめながら外を見ていると、日の光がスッと遮られた。


「どうした?」

「惇!」

少し開いた窓の向こうに見える惇の顔。覗きこんだ顔が不思議そうにしている。

「そんな顔して…」

「…もう。…待たせるからよ」


窓を開け、少し身を乗り出してがむっとして見せた。

「ふくれるな。…ほれ」

缶コーヒーをよこす惇。

「体。風にあたって冷えただろうからな」

「…」

は黙って熱い缶を受け取る。


「何だ?」

「…置いてかないでよ」


拗ねたようにが言うと惇がきょとんとして…やがて困ったように笑った。


「分かった…悪かった」

惇が静かに顔を近づけ、頬を寄せた。
冷たかった頬が、すぐに上気するのが分かった。










惇夢ルート。念願の青いカクテルで作りました。冬にどうやってマッチさせようかさんざん悩んだり。
彼とデートするならこんな雰囲気だろうという妄想の元に捏造してみた夢です。
毎日会うとか電話するとかいう次元を超えて…大事なのは「心を結ぶ何か」であって「距離」ではないのが彼のスタイルではないかと思います。

Jan.1, 2006 モユ拝



* * * * * * * * * *


ひゃ〜!!!!!

『空中洋裁店・紬や』 のモユ様より思いがけず(ヲイ)すんばらしいお年玉を戴いちゃいましたo(≧▽≦)o

どどどどど・どうしよう!モユさんってばアタイの妄想全てカタチにして下さってます事ですのよ?(←何時にも増して日本語おかしいから)
言動は勿論なのですが〜車のタイプ&色。
それは淵ちゃんルートも同じでどビックリしてしまいました!

もうワタシのアホコメントは終わり。
この惇兄。この物語。どうしてもある歌がアタマから離れなくて…。
その元(?)となった曲をBGMに、あとは読んで下さってる全ての方にも「幸せ」のおすそ分けです(*^-^*)
モユさん!本当にありがとうございましたッvvv



"Hey lady, let me tell you why I can't live my life Without you, oh baby
 Every time I see you walkin' by I get a thrill You don't notice me
 But in time you will I must make you understand

                            I wanna be your man"



                                       I WANT TO BE YOUR MAN/Roger ('87)